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歴史・民話・昔の写真歴史函館戦争
~目次~
<福島での戦闘にいたるまで~戦闘前の福島と海陸応酬>

<知内夜襲と福島での攻防>
<御用火事と吉岡峠>
<松前城落城と脱走軍活下の松前・福島(1)>
<松前城落城と脱走軍活下の松前・福島(2)~脱走軍活下の松前・福島(3)>
<福島・木古内の戦いと箱館戦争終結>
余談:毛利秀吉と法界寺
◆福島・木古内の戦いと箱館戦争終結◆

政府軍が松前城を奪回(だっかい)した4月17日午後、敗走する脱走軍を追撃する長州藩兵と津軽藩兵、

それに松前藩の奇兵隊(きへいたい)兵が白神峠を越え、午後6時吉岡村に至って宿営(しゅくえい)し、奇兵隊士を斥候として密かに福島村に送り込み、

丸山下の釜谷付近に達しています。福島村には会津遊撃隊150人を主力として脱走軍が駐屯(ちゅうとん)していましたが、

松前城攻防戦の応援に出向いており、落城後すぐ福島村に帰って、後退してくる兵士らと共に体勢の立て直しを図ろうとしました。

福島村の人達は兼ねてそのことを予知し、三枚橋付近や桧倉川周辺に仮小屋を建てて避難していたといいます。

18日吉岡村を出発した政府軍と交戦し、この時政府軍艦朝陽と陽春の2艘が海上から援護射撃したため、

脱走軍は一ノ渡、知内へ敗走しました。政府海軍連合艦隊(せいふかいぐんれんごうたい)は道南戦域に適当な泊地がないので、

福島村沖と対岸三厩(みんまや)村沖を碇泊地として行動するようになりました。

一方、木古内村には星恂太郎(ほしじゅんたろう)を指揮官とする額兵隊、彰義隊、陸軍隊が守備していました。

木古内村は松前から箱館にいたる松前街道の中枢(ちゅうすう)にあたっており、さらには上ノ国村から稲穂峠(中野越え)、

笹小屋を経て、木古内に至る交通上の要衝であったので、戦略的にも重要でした。

したがって脱走軍はこの両街道に面する位置に堡塁(ほるい)を構築していたと思われ、その場所は現栄林署向かいの中腹にある

公宅付近と考えられています。

これに対し、政府軍は松前城奪回攻撃軍の一部を割いて4月10日には稲穂峠に向かいましたが、

12日払暁木古内に前進して脱走軍との間で木古内川を挟んで激しい銃撃戦を展開していた上、笹小屋まで引き返し、

13日にも出撃したが弾薬、食糧の補給が切れ、湯ノ岱(ゆのたい)まで撤退しています。16日政府軍はさらに笹小屋に進出し

19日には第三次上陸隊の長州居一中隊、薩摩(さつま)一中隊が投入され、20日本格的な木古内村の攻防が開始されました。

この日は濃霧が強く見通しのきかないのを利用した政府軍は、脱走軍陣地に突入し、大小一一の堡塁(ほるい)を占拠しましたが、

脱走軍側も救援のため陸軍奉行大鳥圭介が額兵隊三小隊、伝習士官隊一小隊を率いて、来援していたので、

これらの兵に、松前から敗走してきた兵を合わせ、その数は大凡800と思われますが、政府軍は松前口からの進撃兵と併せ、

2667名を投入したと記録されています。木古内中野の堡塁を占拠した政府軍は木古内本村から札苅(さつかり)、泉沢まで進出したが、

一方泉沢の大鳥支隊は松前からの敗兵と合流し、海からは蟠龍の援護射撃もあったので退勢から立ち直り、

政府軍はまた笹小屋に後退しました。

大鳥圭介は諸隊長を集め、矢不来(やふらい)、富川の嶮塁を拠って渡島平野への政府軍を阻止することを述べ、

20日夜までに木古内村から撤退した。21日政府軍は木古内村に進出し、知内から進出してきた松前口からの

南下各隊と合流しましたが、その間10日間にわたる木古内口での戦闘で政府軍は10名の戦死者と20名の戦傷者を出しています。

一方脱走軍は幕末の剣豪と知られる遊撃隊の伊庭八郎(いばはちろう)が左腕を負傷し、五稜郭に護送されて死亡したほか、

額兵隊頭取武藤勇作ほか多くの死亡者を出しています。

この日江差に上陸した政府軍が各地で激戦を続けながら五稜郭城を陥落するまで40日を費やしたといいます。

そして、5月17 日榎本武揚らは降伏。箱館戦争は終結したのであった。

※釜谷・・・現在の塩釜地区のこと。

※星恂太郎・・・幕末の仙台藩士。額兵隊隊長。戦後、新政府軍によって捕らえられ1年弱弘前藩に幽閉された。

※彰義隊・・・1868年に江戸幕府の征夷大将軍であった徳川慶喜の警護などを目的として渋沢成一郎や天野八郎らに
よって結成された部隊。

※稲穂峠・・・現在の上ノ国町湯ノ岱から木古内町に抜ける旧山道。かつては木古内山道とも呼ばれてた。

※保塁・・・敵の攻撃を防ぐために石や土砂などで構築された陣地のこと。

※湯ノ岱・・・上ノ国町のある地名。

※大鳥圭介・・・日本の西洋軍学者、幕臣、軍人、官僚、外交官。

※伊庭八郎・・・江戸時代末期(幕末)から明治にかけての武士・幕臣。隻腕(片腕がない)の剣客として知られる。

※伝習官隊・・・江戸幕府が陸軍の精鋭部隊として編成した、フランス軍事顧問団の直接指導を受ける西洋式軍隊のこと。

参考文献:福島町史 通説編(上) 第二巻
広報 ふくしま より
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